かせいをまつ
実現の見込みのない物事を待ち望むこと
この故事は、『後漢書』に記された故事に由来する。黄河の濁った水が清くなることは極めて稀で、伝説によれば500年に一度しか起こらないとされた。「河清」は黄河の水が澄むことを意味し、「俟つ」は待つことを表す。後漢の光武帝の時代、黄河の水が一時的に清くなったことがあり、これは祥瑞として記録された。しかし、通常は起こり得ない現象を待つことは無意味であるとして、実現不可能な期待や望みを戒める表現として使われるようになった。この故事は、現実的な判断の重要性を説く教訓として広く受け入れられた。
非現実的な条件での合意は、まさに河清を俟つようなもので、交渉は難航を極めた。
後漢(25年〜220年)
後漢書
人間関係・処世術
上級
融通の利かない考えや行動。また、一つの成功体験に固執して変化に対応できないこと。
死にかけたものを生き返らせること
危険を冒さなければ大きな成果は得られないということ。
地位だけを保持して、その職責を果たさないこと。
些細な欠点を直そうとして、かえって大きな害を及ぼすこと
物事が全て狙い通りに成功すること
機会を狙って、じっと見張っていること。
名目だけあって実体が伴わないこと。
目的が達成されると、それまで活用していた手段や人物が不要とされること。
強者が弱者を支配し、弱者が強者に従わざるを得ない状態。